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名古屋高等裁判所 平成4年(行ケ)1号 判決 1992年12月17日

原告

後藤民夫

右訴訟代理人弁護士

浅井岩根

江尻泰介

鈴木良明

竹内浩史

西野昭雄

被告

愛知県選挙管理委員会

右代表者委員長

富岡健一

右指定代理人

森本翅充

外六名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  平成四年七月二六日に執行された参議院議員通常選挙(愛知県選挙区、以下「本件選挙」という。)におけるS(以下「S」という。)の当選を無効とする。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二  当事者の主張

一  原告の請求原因

1  当事者

原告は平成四年七月二六日に執行された本件選挙でその候補者となったが、当選しなかった者であり、被告は本件選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会であり、Sは本件選挙でその候補者となって当選した者である。

2  Sの行った行為

Sは、本件選挙に民社党公認候補として立候補したが、本件選挙に関して、自己の当選を得る目的をもって次のような行為を行った。

(一) Sは、明治大学政経学部に入学したことがないのにもかかわらず、敢えて同学部に入学した旨虚偽の経歴を記載した選挙公報用の掲載文を被告に提出し、被告をしてそのまま選挙公報に掲載させて発行させ、これを被告の定めるところにより市町村の選挙管理委員会をして選挙人名簿に登録された者の属する各世帯に対して選挙の期日前二日までに配付させ、もって自己の経歴に関し虚偽の事項を公にした。

(二) Sは、選挙運動期間以前から選挙運動期間中にかけて、個人演説会等の機会に、「私は中学三年時の昭和二四年に大変恵まれたチャンスがあり、戦後初めての公費による海外留学生として一〇人の中学生の一人に選抜され、青少年赤十字のメンバーとしてスイスに半年間留学し、福祉やボランティアについて学んだ。この体験が私の福祉に対する考え方の原点になり、以後四〇年余、福祉一筋にかけてきた。」などとありもしないことを聴衆に語りかけ、有権者を欺いた。

(三) 前記の選挙公報の中には、Sが「CBCラジオ朝市司会者として日本最長寿番組記録を達成した」旨記載されているが、CBCラジオの担当者が全国のラジオ局を対象にして、Sの司会に係る右のCBCラジオ番組が果たして日本最長寿番組記録を達成したか否かの点の調査をした訳ではないから、その真偽は不明であるのに、Sは選挙公報により、敢えてそのような曖昧な事実を真実であるとして公表した。

3  当選訴訟の無効原因

(一) 議員の当選の効力に関する訴訟(以下「当選訴訟」という。)についての規定である公職選挙法(以下「公選法」という。)二〇八条は、当選人の当選がいかなる場合に無効となるかの点、つまり当選訴訟において主張し得る無効原因の点については何らの規定も制限もしていない。しかして、公選法の全体的な立法趣旨や同法が特に当選訴訟の制度を定めた目的を基礎として考えると、単に選挙の管理機関である選挙管理委員会の側の措置等が選挙の手続に違反した場合だけではなく、更に当選人等の行為によって選挙における自由公正が著しく阻害された場合にも当選人の当選を無効とすべきものと解される。このことは、公選法二〇九条一項が引用する同法二〇五条一項が、選挙の規定に違反し(なお、ここでいう選挙の規定違反とは、単に選挙管理委員会の側の措置等が選挙の手続に違反した場合だけではなく、選挙の基本理念である自由公正の原則が著しく阻害されたと認められる事情のある場合をも含むものと解される。)、かつ、選挙の結果に異動を及ぼす虞れがある場合には、当該選挙の一部または全部を無効としなければならないと定めていることに徴しても、首肯できるところである。そして、右にいう選挙における自由公正が著しく阻害された場合とは、違反行為の内容の重大性及びその違反行為と当選人に対する有権者の投票との間に相当の因果関係が認められ、かつ、それが候補者の得票数の順位に影響を与える可能性があるような場合を指すものというべきである。

なお、公選法二五一条は、当該選挙に関する当選人の行為が同法第一六章に掲げる罪(但し、同法同条所定の罪に限る。)に該当し、かつ当選人がそれにより刑に処せられたときは当然にその当選を無効とする旨規定しているが、右の規定は、当選人が前記の罪で刑に処せられることにより、その反射的な効力として当選が無効となることを定めたものに過ぎないのであって、公選法が、このように当選人の選挙犯罪による当選無効を規定したことの故に、当選訴訟において主張し得る当選無効の原因を選挙管理委員会の側の措置等に選挙手続の違反があった場合のみに限定したものであるとはとうてい解されない。

したがって、当選訴訟においては、単に選挙管理委員会の側の措置等に選挙手続の違反があったか否かという観点だけからではなく、選挙の自由公正が著しく阻害されるような事情があったか否か、という観点からも当選無効原因の有無が検討されるべきである。

(二) ところで、右の検討に当たっては、現代における選挙の実態、特に国政選挙において有権者に与えられる情報の重要性を念頭に置く必要がある。即ち、本件のような国政選挙にあっては、有権者は、自ら主動的に候補者についての情報を得る能力が殆どないため、選挙公報或いは候補者の側から流される情報によって候補者を判断するしか方法はない。そして、このような選挙における情報の正確性ということが特に心身に障害を有する有権者にとって一層重要な意味合いをもつことはきわめて明らかである。

このように、特に正確な情報が必要とされる選挙において、候補者自身が自らの経歴等について虚偽の情報を流すことは、正に有権者にとって自由な意思を決定するための必須・不可欠の条件ともいうべき正確な情報収集に対する重大な妨害・干渉行為以外の何ものでもないのであって、選挙の自由公正を侵害するものであるが、虚偽事実が政策に直結する経歴に関するものである場合などは、当該候補者の行為は一層悪質であって、選挙の自由公正に対する侵害の程度もより重大・深刻であるといわなければならない。

(三) また、虚偽事実の公表・流布によって選挙人が欺罔され、それによって投票がなされたならば、その投票は錯誤或いは詐欺によるものとして本来無効となるべきものであり、投票の自由そのものが阻害されたことともなる。

更に、当選人としての資格という点から見ても、選挙運動において虚偽の事実を公表・流布したような人物が、果たして当選人としての実質的な資格・適格を有するということができるのかも甚だ疑わしいものといわざるを得ない。

4  結論

ところが、Sは、前記のとおり、本件選挙に当たって数々の虚偽の事実を公表・流布したものであるところ、もし右のような公表・流布に係る経歴等が真実ではなく虚偽であると分かっていたならば、本件選挙において現実にSに投票した選挙人のうちの相当数はSに投票しなかったことの可能性がきわめて高いものというべきであって、右の経歴詐称等の行為が本件選挙の投票結果に大きな影響を与えたものと認められるべきは当然である。これを要するに、本件選挙においては、Sに対する投票のうちの相当数は虚偽の情報に欺かれた選挙人の誤った判断によってなされたものであることが明らかというべきであって、このことによっても、本件選挙は、Sの前記経歴詐称等の行為によって、本来最も尊重されるべき選挙の自由公正が著しく阻害されたものとなったことが明らかである。

しかして、Sが本件選挙に関して行った前記のような違法行為は、Sの当選無効の原因となり得ることがきわめて明らかであるばかりでなく、更に右違法行為は、その内容・影響等の重大性の故に本件選挙自体の無効原因ともなり得るもの(したがって、裁判所は、本件訴訟においても公選法二〇九条一項に従い、本件選挙自体の無効判決をすべきである。)というべきである。

そこで、原告は、Sの当選無効の宣言を求めるために、本訴に及んだものである。

二  請求原因に対する被告の認否等

1  請求原因1は認める。

2  同2のうち、Sが本件選挙に民社党公認候補として立候補した者であること、同人が被告に対し、選挙公報に自己の経歴を「明治大学政経学部入学」として記載するよう申請し、被告が選挙公報にその旨を掲載して発行したこと、被告の定めるところにより市町村の選挙管理委員会が、選挙人名簿に登録された者の属する各世帯に対し、右選挙公報を右選挙の期日前二日までに配付したこと、以上の各事実は認めるが、その余の事実は知らない。なお、右にいう「その余の事実は知らない」とは、明らかに争う趣旨ではなく、本件選挙に関して、Sが自己の経歴等として公表し又は流布させた事実のうち、原告が虚偽である旨を主張する諸点について、被告にはそのことの真偽を調査する権限もなければ、その意向もないという趣旨である。

3  同3、4は争う。

4  被告の主張

(一) 当選訴訟は、有効に行われた選挙においてなされた当選人の決定の効力を争う訴訟であり、当選人の決定をした機関の構成や決定手続の違法、各候補者の有効得票数の算定の違法、当選人となり得る資格の有無の認定に関する違法等を主張して、当選人の決定の効力を争う訴訟である。そして、当選訴訟においては、当選人の行為が公選法の罰則に掲げる行為に該当することを当選無効原因とすることはできないと解されているところ、本訴において原告が実質的にSの当選無効原因として主張するところは、専らSの行為が同法二三五条一項所定の虚偽事項の公表罪に該当することを指摘しているにとどまるものというべきであるから、原告の右主張が当選訴訟における当選無効原因のそれとして失当であることは明らかである。

(二) 公選法二〇九条一項の規定は、裁判所が当選訴訟においても選挙の効力について判断することができることを定めた規定であるに過ぎないのであって、当選訴訟において原告が選挙の効力について争い、選挙の無効を原因として当選無効の主張をすることができることを定めたものではない。

仮に、当選訴訟において、その当事者(主として原告)に選挙の無効原因をも主張することが許されるとしても、選挙の無効事由を定めた公選法二〇五条一項にいう「選挙規定に違反するとき」とは、主として選挙管理の任に当たる機関による選挙の規定違反をいうのであり、選挙事務に関係のない者の行為は、その行為者が選挙犯罪に問われることはあっても、選挙無効の原因となるものではない。

更にまた、前記のように、公選法二〇九条は、当選訴訟について審理・判決する裁判所もまた、当該選挙に関して同法二〇五条一項所定の事由がある場合には当該選挙の全部又は一部の無効判決をしなければならない旨を定めているが、本件選挙に関して同条同項にいう、前示の「選挙の規定に違反する」行為等があったということができるためには、専ら、選挙管理の任に当たる機関即ち被告(愛知県選挙管理委員会)の側に自由公正な選挙の確保という観点からの選挙の規定違反があったことを要するものというべきである。しかるに、原告は、本件選挙に関してSが行ったとする行為をるる述べたてた上、それをもって、本件選挙に関して重大な違反行為があったから、本件選挙には選挙の無効原因があると主張しているに過ぎないのであって、そのような候補者の行為が選挙無効の原因となるものでないことは前記のとおりであるから、原告の右主張は失当である。

(三) また、公選法の当選人の更正決定等についての規定に鑑みると、公選法は、不真正な当選人を排除して真正な当選人を決定することを予定して当選訴訟を規定していることが明らかであるから、当選を無効とする場合には、選挙会において真正な当選人を決定する方途が自ずと示されていなければならない。ところで原告は、当選人が「選挙の自由公正を阻害したと認められる場合」、その当選人の当選は無効であるというが、仮にそうであるとするならば、原告において、本件選挙における各候補者の有効投票数を選挙会がどのように認定すべきであるというのかという点を明確に主張すべきであるのに、原告はこの点について何ら主張するところがない。そればかりではなく、そもそも憲法は投票の秘密を保障しているから、選挙権のない者のした投票でさえも、その投票が誰に対してなされたかを当選の効力を定める手続において取り調べてはならないとされているのであって、原告の主張を本件選挙におけるSに対する投票の効力という点に限定するならば、現時点では、Sに対する投票のうちのいずれが「本件選挙に関して、仮にSが原告指摘のような虚偽経歴等を公表・流布しなかったならば、Sには投票されていなかったであろうと認められるもの」に当たるか否かを判定することができないことは、理の当然というべきである。したがって、原告の主張はこの点においても失当である。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(原告は平成四年七月二六日に執行された本件選挙の候補者となったが当選しなかった者、被告は本件選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会であり、Sは本件選挙の候補者となり当選した者であること)、同2のうち、Sは本件選挙に民社党公認候補として立候補した者であること、同人が被告に対し、自己の経歴を「明治大学政経学部入学」として選挙公報への掲載方を申請し、被告がその旨を選挙公報に掲載して発行したこと、被告の定めるところにより市町村の選挙管理委員会が、選挙人名簿に登録された者の属する各世帯に対し、右選挙公報を右選挙の期日前二日までに配付したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二公選法二〇八条に定める当選訴訟については、参議院比例代表選出議員に関し、名簿届出政党等に係る当選人の数の決定に過誤があるときは裁判所は当該名簿届出政党等に係る当選人の数の決定の無効を判決しなければならないとする同条二項の規定がある外、何が当選無効原因となり得るかについての明文の法規定はない。しかし、一般に、選挙の投票全般の公正を疑わせる事由が選挙無効原因に当たり、個々の投票の効力、帰属を左右する事由が当選無効原因に当たると解されていること、及び当選訴訟の結果特定の当選人の当選が無効とされた場合における当選人の更正決定に関する公選法の規定(九六条参照。なお、右の更正決定は、当選訴訟の結果確定された事実に基づいて行われるべきものと解されている。)等に鑑みると、当選無効は当該選挙が有効に行われたことを当然の前提とするものであるところ、その(当選無効)原因となり得べき違法事由には、当該当選人決定についての違法即ち、当選人を決定した機関の構成や決定手続の違法、各候補者の有効得票数の算定の違法、当選人となり得る資格の有無の認定に関する違法等のみがこれに当たるものと解するのが相当である。

ところで、原告が本件においてSの当選無効原因として主張するところは、要するに、本件選挙における当選人であるSが自己の当選を得る目的をもって本件選挙に際し自己の学歴、経歴等を詐称したという点に帰着するところ、これが右にいう当選人決定についての違法に当たるものでないことは明らかであるから、これをもって本件当選訴訟における適法な当選無効原因とすることのできないこともまた右に説示したところによって明らかである。なるほど、本件当選訴訟において原告が当選無効の原因・事由として主張・指摘するSの諸行為は、公選法上の罰則に掲げる行為に該当することの可能性がきわめて高いものといわざるを得ないが、その場合においても、当選人については、その罰則該当行為につき有罪判決が確定することにより当然にその当選を無効とする旨が定められている(公選法二五一条)ことに徴すると、当選人の行為の右罰則該当の有無についての認定・判断は、専ら刑事上の訴追とその結果に委ねられているものと解すべきであり、仮に当選人が当該選挙に関して公選法上の罰則に掲げる罪を客観的に犯したとしても、当選人がその犯罪(但し、公選法二五一条所定の罪に限る。)により刑に処せられることのない限り(なお、本件選挙に関して、Sが同条所定の罪により刑に処せられたことを認めるに足りる証拠はない。)、当該選挙に関して当選人が現実に右罰則該当の行為をしたという事実のみを理由として当該当選人の当選無効訴訟を提起することはできないものというべきである。

三原告は、公選法の定められた目的を基礎として考えると、当選人等の行為によって選挙の自由公正が著しく阻害された場合にも当該当選人の当選を無効とすべきである旨主張する。

しかしながら、先に見たように、当選訴訟における当選無効原因としての違法事由は、当選人決定についての違法事由のみに限られるものと解すべきであって、原告主張に係る右摘録のような事由をもって当選訴訟における当選無効原因とすることのできないことは、先に説示したところから明らかである。もっても、公選法は、当選訴訟においても、当該選挙について選挙の規定に違反することがあるときは、それが選挙の結果に異動を及ぼす虞れがある場合(即ち、選挙無効原因がある場合)に限り、裁判所はその選挙の全部又は一部を無効とする旨の判決をなすべきことを定めている(二〇九条一項、二〇五条一項)ところ、これは、選挙に関する訴訟はいずれも公益に関するところ重大であり、しかも当該選挙自体が無効であれば当選訴訟はもとよりその存立の余地がないことに帰すべきものであるから、裁判所がたまたまその当選訴訟における全資料に基づいて当該選挙自体が無効であると認めたときは、特に当事者の主張をまたずとも自ら当該選挙を無効とする旨の判決をすべきことを規定したものであって、この規定の存在することの故に、公選法が当選訴訟の当事者に当該選挙自体の無効原因を主張することをまで許したものと解するのは相当でない。

しかし、このように、当選訴訟において、当該選挙の無効原因が認められるときは当該選挙自体を無効とする旨の判決をすべき公選法上の義務が裁判所に課せられていることに鑑み、本件において果たして選挙自体の無効原因が認められるか否かについて検討してみると、公選法二〇五条一項にいわゆる選挙無効の要件としての「選挙の規定に違反すること」とは、主として選挙管理の任に当たる機関が選挙の管理執行の手続に関する明文の規定に違反すること、又は直接そのような明文の規定に違反しなくても、選挙の管理執行の手続上、選挙法の基本理念たる選挙の自由公正の原則を著しく阻害するような事態を招来することを指称し、選挙人、候補者、選挙運動者等による選挙の取締規定ないし罰則規定違反の行為のごときは、これに当たるものではないと解すべきである。その理由は、選挙人、候補者、選挙運動者等によるこのような違法行為も多かれ少なかれ選挙の結果に影響する場合が多いであろうが、公選法はその違反行為に対して刑罰等を対応させることによってこれら規定事項の遵守を期待しているのであって、その違法行為のために選挙を無効として再選挙を行うことを趣旨とするものではないと解されるからである。もっとも、そのような違法行為でも、そのために当該選挙の選挙人が全般的にその自由な判断による投票を妨げられるというような特段の事態を生じた場合には、選挙の自由公正が失われたものとして、あるいはその選挙を無効としなければならないことも考えられないではない(最高裁判所昭和六一年二月一八日第三小法廷判決、裁判集民事一四七号六一頁等)。そこで、これを本件についてみると、本件選挙に関してその当選人であるSによって行われた違法行為であるとして原告の主張・指摘するSの学歴詐称、経歴詐称等の点については、本件記録及び弁論の全趣旨によりその全部を認めることができるところ、(一)選挙人にとって、本件のような国政選挙における候補者に関する情報としては、候補者側から流されるものが殆どで、自ら取得できるものは極めて乏しいことが通常一般であること、(二)その中でも候補者の学歴、経歴に関する情報は、選挙人が投票すべき候補者を選択するための参考資料の中でも比較的に重要なものの一つと考えられるのであって、特にSは福祉政策の充実を本件選挙における公約の一つに掲げていた(<書証番号略>)ことなどを斟酌・考量すると、特に本件選挙に関してSの行った福祉に関する経歴の詐称が、少なくとも福祉に対して強い関心を持つ選挙人の自由な判断による投票を阻害した虞れのあることはとうてい否定できないところであるといわざるを得ないであろう。更に、例えば、本件のような選挙に際して、仮に、福祉政策の充実を公約に掲げたある特定の候補者が、真実は何らの寄付もしていないのに、選挙区内の福祉施設に対して匿名又は第三者名で多年にわたり数百億円もの巨額の寄付を行ったなどという、その内容が極めて重大・悪質な虚偽宣伝を各種の巧妙な手段を用いて行ったような場合には、少なくとも福祉に強い関心を有する選挙人の多くがそのような虚偽の宣伝内容を真実なものと誤信した上で投票すべき候補者の選択を行うであろうことは想像に難くなく、しかも、その結果、当該候補者が当選人となったような場合には、その選挙における選挙人全般について自由な判断による投票が阻害されたものと評価することも決して不当ではないであろう。しかし、本件選挙におけるSの学歴詐称、経歴詐称等の内容は前認定のとおり(原告の主張・指摘するとおり)であって、その内容等に徴すると、Sによる右詐称等の行為自体が抽象的に本件選挙を無効ならしめる程度に悪質・重大・巧妙であるなどとはとうてい認められず、また、具体的にも、本件選挙に関してその選挙人が全般的に、Sのした前認定に係る経歴詐称等の故に、その自由な判断による投票を妨げられたというような特段の事態が生じたとも認められないから、結局、本件において、本件選挙の無効宣言をするまでの事由は未だこれを認めることができない。

四以上によれば、原告の本訴請求は理由がないことに帰着するから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官服部正明 裁判官林輝 裁判官鈴木敏之)

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